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座談会

  邦楽教育の現在と可能性(1) 

    というタイトルで田村拓男)、小野敬子、渡辺泰子による座談会が平成17年12月3日、
    河合楽器に於いて行われ「あんさんぶる」1,2月号に掲載されましたので
ご紹介します。

      

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― 今回は新年にちなんで、邦楽をテーマにした座談会を企画してみました。
私もそうですが、おそらくほとんどの読者の方々はピアノを中心とした洋楽を勉強されていて、邦楽についてはあまり詳しくないのではないかと思います。今回は、邦楽界に新しい旋風を吹き込むべく活躍をなさっている3名の先生方にお集まりいただき、邦楽の現在と未来について存分に語っていただきたいと思います。

田村 私も最初は洋楽の勉強からスタートしたんです。小学校のときの音楽の先生の影響が大きかったと思うんですが、当時はピアノもオルガンも充分には無くて、アップライトピアノがやってくるっていうんで、校長先生をはじめ、全校でピアノが来るのを待っていた、というような時代ですね。それで間もなく、半音もないような粗末なテーブル木琴が一人ずつに配られて教材になりました。私はそれを器用にトレモロをしながら弾けたんですが、すると先生が「田村、おもしろいな。ピアノで伴奏つけるからやってみようよ」っていうんで、「中国地方の子守唄」とか「浜辺」とか「庭の千草」とかをやってたんです。それが結構話題になりまして、近くの音楽実験学校に指定されて、近所の先生方が集まった研究会で発表したところ、いなかのことですからさらに話題になって。

―― いなかというのはどちらですか。

田村 島根県の益田です。それで朝日新聞の島根版で『天才木琴少年あらわれる』って写真つきでしっかり書かれちゃって(笑)、すっかり本人もその気になって、それからはもう音楽、音楽、音楽です。

―― 打楽器の道に進まれたんですね。

田村 ええ。私の両親が教師だったこともあって島根大学の教育学部に入学したわけです。そこで国内留学制度があって、芸大で二年間勉強させてもらい、打楽器、シロホン、マリンバという感じでやってましたね。芸大を出てから、本来は故郷に帰らなきゃいけなかったんですけど、もう東京の味を覚えたら帰る気がしなくなって、しかも幸いなことに東京フィルハーモニーに入ることができたので、東京に残ることに決めたわけです。最初はもちろんマリンバを志していたんですが、作曲家の三木稔さんと出会ったのが転機になりまして、「田村君、こんなこと考えてるんだ。協力してくれないか」という感じで始まった話が、日本の伝統楽器で現代の日本音楽を創る「日本音楽集団」という団体の結成につながっていくわけです。最初は三木さんの話だからむげに断れないなと思いながら、いつでも逃げ出せるよ
うに構えて聞いていたんですが、だんだんと、これはひょっとしてマリンバよりすばらしい世界じゃないかと思うようになって…。そこで出会った日本の打楽器は「鼓」にしても「締め太鼓」にしてもすばらしいんですね。洋楽にはない世界で、これは私がやる仕事じゃないかと思うようになった。で、マリンバはさておき…とやり始めたのが、いつの間にか代表になり、指揮者になり…。

―― 始められたのはお幾つぐらいだったんですか。

田村 日本音楽集団が始まったのは一九六四年、東京オリンピックの年で私が29才の時です。東京でマリンバのリサイタルまでしていた男が、一人の作曲家三木稔に出会ったことによって、方角違いの邦楽に足を踏み入れることになった(笑)。私の妹は正派のお琴を習っていましたし、祖母は三味線をやったり筑前琵琶をやったりお琴の師匠だったりという環境でしたけど、子どものころの私はそんなのは音楽と思ってないわけです。音楽というのは…。

―― 西洋的な。

田村 西洋音楽が絶対だというつもりでいましたから。だから出会いというのは怖いですね。

―― 「日本音楽集団」というのは文字通り、現代の日本音楽を創っていく集団なのですが、読者の皆さんのために補足しますと、邦楽の世界というのは、そうやって好きな人がみんなで集まって…ということがなかなかできない世界だったわけですよね。 

田村 邦楽の世界というのは、家元・流派という日本独自のシステムによって成り立っていて、家元という作曲も演奏もできる一人のすばらしい方がいらして、その方に教わりたいということでお弟子さんが集まり、進度に応じて免状を頂く制度です。だから現代的な視点でみると必ずしも開かれた世界じゃない。

―― いろいろと制約があるということですね。でも「日本音楽集団」というのは、流派に関係なく…。トップへ戻る

田村 そこが大変なんですよ。流派を超えて集まって来るからには、中には相当な無理をして来られる場合もある。もちろんメンバーはそこで稼ごうなんて思ってないわけです。あえて、難しくて何があるかわからないグループに入るというのは、よっぽどの変わり者か、あるいは今の状態では邦楽界の未来は無い、という危機感をもった方ですよね。でも入ったら、三木さんや長沢勝俊さんのようなすばらしい作曲家が書いてくれた作品を演れるわけです。今までの邦楽とも違う、かといって洋楽とも違う、これはまさに私たちの音だという世界を実感ができるから、だんだんとのめりこんでいくわけですよね。三木さんや長沢さんの曲は世界のどこで演奏してもほんとうに誇りに思えるような、そういうサウンドですから。

―― 亡くなられた佐藤敏直先生も音楽集団をとても愛していて、とにかく応援したい、自分も作曲家としてこれからもっとたくさん書きたいとおっしゃっていました。さて、つぎは小学校で毎日子どもたちに接していらっしゃる小野敬子先生のご紹介にうつりたいんですが、先生は普段どのような活動をされているんですか。

小野 私も音楽との出会いは洋楽からだったんです。音楽大学でピアノを専攻して、学生時代からずっと個人的に音楽教室で教えてたんです。でもそのうちに、特別に選ばれた子ではなく、学校の中でしか音楽教育を受けられない子どもたちに教えたくなったんです。最初は中学校で、途中から小学校に移りました。私と姉は戦後生まれなんですが、これからの日本の音楽がどうなるかということを母がすごく危惧して、姉にはお琴と日本舞踊をやらせて、私には、そのころ童謡がはやったんですけど、童謡とピアノを習わせたんですね。

―― おもしろいお母さんですね。

田村 童謡歌手になるように!?

小野 当時流行っていたんです(笑)。小鳩くるみさんとか…。だから姉は今、お琴の教師をしてるんですけれども、なぜ小学校の先生でいながら日本の音楽を教えないのかということを、会うたびに言われていたんです。でも教科書には出てないし、予算もないということで私は二の足を踏んでたんですけれども、邦楽教育を推進する会(邦楽教育振興会)でたまたま無料でお琴を貸してくださるという話を姉が聞いてきたのが最初のきっかけなんです。というわけで、最初は低学年にお琴を教えることから始めたわけです。音符の読めない一・二年生でも数字さえわかればお琴は弾けるという点では、私は鍵盤ハーモニカよりも簡単なんじゃないかと思いまして。それで、和室でお琴をやっていましたら、廊下を走る子が少なくなったって担任の先生がおっしゃるんです。「お琴の音が聞こえたらターッと走ってた子が歩いてるわよ」っておっしゃるんですね。そういう気持ちを落ち着かせるような効果もあるし、子どもたちもほんとうに一生懸命やってくれて…。そのうち高学年の子もやりたいって言い始めたものですから全員にやらせるようになったわけです。

―― 全員というのはすごいですね。

小野 今の学校は小規模なので、私が一年生から六年生まで教えてるんです。それで、今の子はわらべ歌で遊んでないんですよ。だけど、わらべ歌にはリズム感を養う力がたくさんあるので、遊びながら、わらべ歌をしっかり一年生の段階でやる。 そして一年生ではお箏の基本を教える。まず座り方と、爪で弾いてとめるっていう、そこぐらいまでですね。 二年生になると簡単なわらべ歌をお箏で弾いて、あとは邦楽打楽器でリズムで遊ぶ。たまたま地域に神田囃子保存会があるので二年生の段階から神田囃子のリズムを教えてもらうんです。そうすると、そのテンテケツクツクテンステテンというリズムが二年生から卒業するまでずっと、体の中にしみ込むんですよ。 三年生では「さくら」の変奏曲で一通り、すくい爪から、いろいろな奏法を教えています。高学年が上手に弾いているのを見てるから、三年生は早くやりたくてしようがなくて、いろいろなお箏の奏法を教えてしまいます。四年生になると篠笛を入れています。リコーダーが三年生で入るんですけれども、リコーダーはタンギングがあるんですよ。でも篠笛はタンギングをしてはいけないんです。そして篠笛とお箏の合奏を体験させるわけです。 で、五年生になると三味線をちょっとやります。大体五年にもなると、鼓をやりたいとか、締め太鼓やりたい、お箏やりたい、三味線やりたいっていう希望が出てきますので、五・六年生は同じ楽器をやらせて、四・五・六年生で合奏曲を一曲できるようにしてるんです。だからうちの学校はコンクールにも全員が参加するんです。特別な子じゃなくて全員が。

田村 これだけやってらっしゃる先生は、全国広しといえども、おそらくいないと思いますね。

―― もちろん、いわゆる文部科学省で決められた教材もやりつつ…。

小野 それもやってるんですけれども、いわゆる「総合的な学習時間」というのを使わせてもらって…。その時間があるからできるのかもしれないですね。

―― でも、先生の情熱がなければ、このような取り組みというのはまずあり得ないと思うので。

田村 それと校長先生や、ほかの先生方の理解も必要ですよね。

小野 そうですね。学校中の協力体制ができているということが大きいと思います。もちろんお箏もそうなんですけど、私は地元の音楽というのを大切にしたいと思うんです。だから、子どもたちが神田囃子ができるようになってほしいんです。 五年生の終わりに不登校になった男の子がいて、でもその子は水曜の放課後にやってる邦楽教室にだけは来てくれたんです。7月の校内夕涼み会で、神田囃子をやったんですが、その子がそこでほんとうに立ち直ってくれて、この間のお祭りでも先頭切って太鼓をたたいてくれたんですね。そういうふうに、邦楽が将来自分の生きる力となってくれたらいいなということを常々考えているんです。 トップへ戻る

―― 生活と密着しているということですね。特別にピアノを習うとかではなくて、地域の普通の住民として音楽と一体となった学びができるというのはすばらしいですね。さて先生は「邦楽指導者ネットワーク21」というNPO法人を立ち上げられて、邦楽指導者の方たちの交流につとめていらっしゃる…。

渡辺 流派が違うとなかなか交流する機会がなくて、私も指導の方に力を入れるようになってから、そういうものがあったらいいなと思うようになりました。そして同じ考えを持っている、各分野からの先生方と共に設立いたしました。

―― もともと先生は演奏家だったんですね。

渡辺 三十年ほど演奏活動をしていました。日本音楽集団に籍を置いたこともありますし、お琴でジャズを弾くだけでもめずらしかったのに、立って演奏したりして、ちょっと奇人変人に見られていたかもしれません 。

―― それこそ家元の方が見たら怒っちゃいますか?

渡辺 ほとんど邪道で(笑)。でもね、NHKの古典の番組にも出てたんですよ。ちゃんと古典もやってたんです。だから、その私と、ジャズをやってる私をだれも同じ人と思ってなかったんじゃないかな。
指導のほうでは、都立狛江高校で二十五年ぐらい教えていました。

―― 狛江高校は、早くから邦楽の教育に取り組んでいたんですね。

渡辺 狛江の先生でお琴の好きな方がたまたま同好会をつくって、やっぱり専門家に来てもらおうというはなしになって…。それで、私が音楽集団出身だということをどこかから聞きつけて、あの先生なら融通がきくだろう、気楽に来てくださるような人がいいんじゃないかということで…。

―― その成果がすばらしくて、狛江高校は毎年のように様々なコンクールで入賞していらっしゃいますね。

渡辺 でもそうやって教えているうちに、全国大会で常に成績優秀な星野学園とか盛岡第二高校とかいろいろな学校のいい先生にめぐり会いました。で、交流してみたいんだけれども流派が違うし、おつき合いできないわけです。だからいろいろな流派の方が気楽に交流できるネットワークを立ち上げたわけです。NPO法人邦楽指導者ネットワーク21では免状を出すとかいうことじゃなくて、お互いに、すてきな音楽があったら聞き合ったり教えあったり出来たらいいなって。

―― 普通に考えると、指導者の方たちが触れ合うなんていうことは、何でもなくできそうな感じがしますが…。

渡辺 実はそういう場所が全然ないんですよ。

田村 NHKの「邦楽技能者育成会」という団体がことし五十周年を迎えたんです。NHKが呼びかけることによって、流派を超えて、ジャンルを超えて先生方が集まるわけです。そこで西洋の音楽理論を勉強したり、五線譜を使って合奏の勉強をしたり、ということが今から五十年前に始まった。そういう流れがあって、日本音楽集団が九年後にできてくるわけです。 ですから学校とか自治体とかNHKとか、そういう組織が呼びかけることによって窓が開くといいますか、そういうことがあるんですよね。でもこれからの二十一世紀は、邦楽も門戸を開いて、協力しながら日本のすばらしい伝統にのっとった音楽を創っていく、そういう時代になっていくんではないかと思うんですけどね。

―― そう思います。でも今までの話を伺っていると、指導者のための組織というのは…。トップへ戻る

渡辺 そうなんです。NHKの育成会も日本音楽集団もそうですけど、プロを養成するためのコースになっていますよね。 私がこのネットワークに「指導者」とあえて入れたのは、教えてらっしゃる人だけを中心としたネットワークをつくりたかったからです。まず指導者の我々が学ばなければいけないのではないかということです。そのために、専門分野の先生方にいろいろなお話を聞いたり、レクチャーコンサートをしたりして、演奏だけじゃなくてたくさんの知識を身につけなければいけないと思ったんです。でも、今すごくいい形で伸びてるんですね。 例えば子供たちの教育のために「伝統文化こども教室」というのを各地区で取り組んでいます。

田村 文化庁の予算でやっているのでね。

渡辺 もちろん指導者はみんな流派が違うんです。でもそんなことはどうでもいいんですよ、私たちの仲間は…。生まれ育ったところがちょっと違うだけっていう感じで、やってることは一緒だからみんなすごく仲がよくて…。

―― すばらしいですね。

渡辺 あともう一つ、「子どもの居場所づくり」という事業がありまして…。

―― 「子どもの居場所づくり」というのは、ちょっと気になるすてきな命名ですね。

渡辺 学校が終わってからお家に帰るまでの時間をどう過ごすかは様々で、塾に行く子も多いですよね。でも小学校で塾に行っている子は全員ではなくて、家庭的な事情もあって、塾に行ったり習い事ができない子もいます。そういう子たちは、親が働いていると学童保育に行ったりする。でもそれともまた違って、先生でもなく、親でもなく、ちゃんと子どもたちのことを見てくれる大人がいて、異年齢の子どもたちがみんな一緒に同じ場所で過ごす、そういう場所を提供していくのが「子どもの居場所づくり」。文科省のほうで推進してくださってるんです。で、うちもこれに取り組んでみようということで、田村先生が「コロリンシャン広場」という名前をつけてくださったんです。

―― 子供たちは無料で?

渡辺 もちろん無料で。学校に集まって、琴、三味線、太鼓、何でもいいから、演奏ができるようになるためじゃなく、さわって、それを媒介にして、お友達になる。

―― かかわりを持つという感じですね。

渡辺 かかわりを持って、遊ぶんです。だからお箏に逆さに座って遊んでいる子がいても怒らない。一体このお箏はどうなってるんだろうって、ひっくり返して穴の中に手を入れてみたり、何をしてもいいんですね。

田村 今、子どもたちには色々な悩みがありますよね。とかく拠りどころを見失いがちな子どもたちの健やかな育成のために、家庭、地域、学校がそれぞれの教育力を結集して良い環境づくりに協力して欲しいという文科省からの提案なんです。じゃあ、我々NPOも協力しましょうと。我々には、お箏や尺八や太鼓を演奏する人がいる。でも邦楽器だけを教えるんじゃなくて、ほんとうに子どもたちと大人が友達になって、いろいろ社会の話とか、ニュースとか、そういうことを話すことによって、大人と子どもが人間としてつきあっていく。

―― 昔だったら普通にあったような、地域の…。

田村 お寺の中で子ども教室がありましたよね。今はないですよね。

―― この「子どもの居場所づくり」という取り組みは、文科省がいろいろなところに「どこかやってくれるところはありませんか」と言ってるんですか。

田村 そうです。これまでは教育委員会や県を通じてしかできなかったんですけど、今NPOが二万ぐらいできましたでしょう? その力を借りたいということで、直接に民間のNPOのグループにおろしていくという大英断を出して始まったんです。

―― ということは、邦楽器が、音楽の教育という目的だけではなくて、こうやって子どもたちを育てる人間の交流の場に生かされる。人を育てたり、あるいは関係をつくったりということに使われ始めることに…。

田村 そうですね。

―― 先程の小野先生のお話にあった"子どもが廊下を走らなくなった"というような心の安定は、やっぱり畳に座って、お箏を弾くときにはごあいさつから始まって姿勢を正してというような、今の日本人の生活の中ではなくなっていることが邦楽器をやることで取り戻されたのかな、と、さっき伺いながらとても大事な話だと思ったんですけど…。

小野 お箏は四十人で練習しててもそんなにうるさくないんです。そういうお箏独特の落ち着きみたいなものがあるんじゃないでしょうか。

―― これだけハイスピードの時代になっても、元旦などに「春の海」が流れてくると、落ち着いた気持ちになって、振る舞いやお茶を飲む動作も変わってくるような気がするんです。そういう力が邦楽の中にあるんだとすれば、今の小学生たちには必要な時間なんじゃないかと思ったんです。

渡辺 子どもたちが礼儀正しくなって、校長先生にすごく喜ばれているという声が、全国からNPOの事務局のほうに寄せられています。お箏を弾くときは正座して、背筋を伸ばして、始めるときに「お願いします」、終わったら「ありがとうございました」って、必ずやります。これが身についてしまうんです。暴れん坊だった子までがみんな、きちっとできるようになって「これは学校ではなかなか教えられないことだ、とおっしゃっている」って。

―― 音ってすごく子どもたちの体の中に安定した基盤をつくると思うので、小さいときどういう音楽に触れてきたか、どういう言葉に触れてきたか、どういうリズムに接してきたかということで、随分子どもの思考力とか集中力とか、そういうものの育まれ方が変わってくると思うんです。今のような話を聞くと、単に、日本人だから邦楽器が弾けないのは困るという意味で公教育に取り入れられたわけではなくて、小学校のときから、座って、背筋を伸ばして音を奏でることが心地よいという感覚を知ることこそがとても大事なことなのかなというふうに思います。ところで中学校では文科省の指導要領からも、三年間を通じて邦楽をやらなければいけないということになりましたけど、小学校では今はどういう実態なんですか。

小野 昨年、東京都小学校音楽教育研究会(都小音研)という組織を通じて、「日本の音楽をどのくらい授業で行っていますか」という問いで、東京都全体を対象にしてアンケートをとらせていただいたんです。

―― 指導要領では、小学校では「必ずやらなければいけない」となってはいないわけですよね。

小野 「我が国や諸外国の音楽文化についての関心や理解を一層深める表現活動及び鑑賞活動の充実を図る」という言い方なんです。だから、表現や演奏・鑑賞の活動などに、なるべく我が国や近隣の国の音楽を入れることが望ましいという形では出ているんですけれども、大体八割の先生が教科書で教えている程度ということで、あと二割ぐらいの先生が、自分で教科書以外の教材を持ってきて指導しているというデータが出たんです。また、和楽器の保有台数についてアンケートをとったんですが、全くお琴がないというところが三五%、一面から四面保有しているというところが約半分ぐらいということで、新しい指導要領が出てから、随分どの学校でも和楽器を取り入れてきたということが考えられると思います。あと、先生方がどういうところで邦楽の勉強しているかということでは…。

―― それはすごく知りたいです。

小野 都小音研で、最初は毎月一回研修をやっていたんですけれども、今学校が非常に忙しくなっていて先生方が出張しにくくなっているんです。それで今は二カ月に一回授業研究や実技研修をやっています。あと夏休みに二日間、東京都の中心部と市部のほうでお箏、三味線、篠笛、和太鼓等の研修会をやるんですけれども、そのときは二日間で百名以上の先生方が来てくださいます。 でも、まだまだ和楽器だけでの合奏というのはほとんどの学校ではやっていなくて、にもかわらず鍵盤ハーモニカだとか鉄琴、木琴、電子オルガン等の、いわゆる教育楽器との合奏曲がないんですよ。それで私たちも作曲家の先生にお願いして、少しずつ邦楽器を入れた合奏曲をつくっていただいて、今いろいろな学校で演奏され始めています。あと、個人で習う先生もいらしたり、民間の研究会に参加したり、積極的に邦楽の音楽会の鑑賞行ったりとか、先生方も勉強しなければいけないということで、努力し始めているという段階だと思います。

―― 学校の音楽の先生もほんとうに大変ですよね。自分の経験したことのない世界だから。

小野 みなさん戸惑っていると思いますね。

―― でも子どもたちには、学校の先生がにわかづくりで勉強したことで教えられるよりは、やっぱり本物の演奏を聞いたりするチャンスがいっぱいあったほうがいいんじゃないかなと思うんですけど、そういう鑑賞の機会というのはあるんですか。

小野 実技でお箏をさわると同時に、地域の演奏者に曲を弾いていただくとか、そういう鑑賞と実技を一体化した授業を行っているところは多いみたいですね。

―― それはとても理想的で

                                                 トップへ戻る
以下2月号
・・・・・・・・・・・・・<新春座談会> 邦楽教育の現在と可能性(2) 

・・・・・・



―― ここからは、子どもたちの教育現場や、子どもが育っていく地域や家庭に、これから邦楽がどういうふうに浸透していくことが一番望ましいのかを話しあっていきたいと思います。もちろん先生方は今まさに、その問題に正面から取り組んでいらっしゃるわけなんですけれども、これから先、様々な立場の方による民間の取り組みがどんどん盛んになる気がするので、色々なアイディアを是非お聞かせ下さい。

田村 いきなり戦後四、五十年を経た日本の音楽教育システムを百八十度変えろというわけにはいきませんよね。これも一つの伝統なんだから。だからこれからは、日本人の感性のすばらしさを意識しながら、少しずつ伝統的なものを取り入れていけばいいんじゃないかな。たとえば合唱は今どこの学校でもやっていますが、合唱にお箏や笛や太鼓の入った作品がありますし、小野先生のように作曲家に委嘱してその地域でつくってもらってもいい。そうすると作曲家とお箏や尺八の先生方が一緒になって、地方でも合唱と邦楽器のコラボレーションができますよね。ピアノやリコーダーが入ってもいいし、オルガンやほかの洋楽器が入ってもいいんです。その中にお箏が入ったり尺八や篠笛も入れたりとかね。スネアドラムと締太鼓が一緒にやってもいいわけだから。そんなことで徐々に徐々にああ、これはおもしろいな、締太鼓はこう合わせるの、かっこいいな、なんて思ってくれればいい。そういう環境を意識的、計画的につくっていくことが大事です。洋楽は外国のものだとか、邦楽は日本の伝統なんだからやらなきゃいけないとか、そういうしゃちほこばったものではなくて、おおらかな気持ちで融合させて、子どもたちが楽しむような音楽をつくっていくことが必要じゃないかと思うんですよね。

渡辺 分けて考えないほうがいいっていうことですよね私もビアノやギターやパーカッションなどと共に、お箏でラテンやジャズを演奏してきましたので、邦楽とか洋楽というよりも、ひとつの楽器として、音楽に参加していることの方が大事だと思ってしまいます。

田村 いいとこ取りをすればいいんです。お稽古の前にお辞儀をするというのは美しいと感じますし、外国のものが全ていいわけではなくて、日本には「お茶」や「お花」や「舞踊」やすばらしいものがたくさんあるわけですから、そういうものを身につけて外国に行けたら良い文化交流が出来ると思うのです。

―― 社会の国際化に伴い、国際人をつくるということが最近の我が国の目標になっていますけど、やっぱり海外の人と触れ合うときに日本人としての誇りを持てるかどうかということについては、我々自身があまりにも自国の文化に触れてこなかったという問題点にぶつかってしまうと思うんです。それも含めて、今の子どもたちが、少なくともピアノやバイオリンを習うのと同じぐらい邦楽に触れるようなチャンスがあったら、日本人であることにもっと自信を持てるようになる気がするんですよね。 あまりにもアメリカナイズされたものばかりがかっこいい、美しい、という価値観が随分長く続いてきたと思うので、日本人本来の価値観に気がつけるように、大人側からの環境の提供はすごく大事ですよね。 私も海外に行って、向こうの方から「何か演奏してみせて」と言われたときに、もちろんピアノなら弾けるんだけど、そこでパッと三味線でも弾けたらどれほどいいかなと思いますけれども。トップへ戻る

小野 ピアノは日本人じゃなくたって弾けるわけですよね。

―― むしろ日本人だから邦楽器は当然できるだろうと期待されているんですよね。だから何もできないととっても恥ずかしくて、そういうときには、わらべ歌を歌いながらちょっと手遊びをするぐらいでごまかしたりするんですけど。

田村 おもしろい話がありましてね、私が東フィルにいた頃、N響の友達がヨーロッパ旅行に行き、向こうの打楽器の人たちから「君は日本人なんだから鼓や締太鼓ができるだろう、教えてくれよ」って言われ「ええっ、できないよって」って答えたらがっかりされたというんです。

―― 普通にできるだろうと思われているんですよね。向こうの人たちはもちろんピアノが弾けた上で、自分の国の歌や踊りをその場で演れるんですよね。すばらしい民族的な踊りを歌いながら踊ってくれたりするので、ああ、私にできることほんとうに何もないんだなと思って。

田村 いつか作曲家の池辺晋一郎さんがある新聞におもしろいリポートを書かれていましたね。アジアの作曲家や音楽家が集まった会議があって、打ち上げの場で、外国人は作曲家であれ演奏家であれ母国の歌を歌ったり楽器弾いたりするんだけど、日本人の作曲家は誰一人として民族的なものができないでいるところに、一人の尺八奏者がいて見事にその場を繕ってくれたというはなし。

―― そうだと思います。私も国際音楽教育学会(ISME)に毎回行くんですが、そこではいろいろな国の音楽教育の専門家が議論したり、研究発表をされるわけです。でもレセプションになると、やっぱりお国の出し物を披露されるんですね。じゃあ我々も、と思ってもなにもできないわけです。

田村 我々は日本語で意志を伝えたり夢を見たりするわけでしょう。日本語という言葉の延長線上にお箏があったり、尺八のフーッ、笛のピーッっていう楽器や響きがあるわけで、ドイツやフランスの言葉とは違うわけですよね。ピアノはもはや世界共通の楽器ですけれども、日本語のための楽器じゃないかもしれない。尺八とフルートは音色は似ているけれども全然違う。機能的な平均律のフルートと、たった五つや七つの穴で言葉を発する尺八との違いは大きいです。それも含めて言葉と音楽なのですよね。

―― 音楽の言葉ってやっぱり体にしみ込んでいくものだと思うので、その言葉を学ぶときに、日本人と西洋人とでは音を騒音と感じるか、楽音と感じるかが違うと言いますよね。さっきのお話のようにお箏だったら騒音に感じないけども。

田村 『かわず飛込む水の音』がノイズに聞こえる民族と、美しいと感じる民族と…。

渡辺 楽器にも日本人の感性が大きく影響しているのですね・・・。たとえば、三味線のサワリの音や、お箏のスリ爪(箏の古典の奏法)などは聴き方によっては騒音と思う人もいるでしょう・・・。

小野 面白いはなしなんですけど、うちの四年生の子どもたちがおととい社会科見学に行ったんです。私は行かなかったんですけど、帰ってきたら担任の先生と校長先生が「びっくりしたよ」とおっしゃるんですよ。「生徒達がみんなバスの中で合奏してたよ、この間教えた『江戸賛歌』を口唱歌でテンテンツクツク…とかテンテテン、三味線の人はジャジャン、ジャジャン、お箏はテンコロリンとかね」って…。

田村 ポーポー、スポポー、ポーポーとかね。

小野 「小野さん、すごかったよ、聞かせてあげたかったよ」なんておっしゃってたんです。だから唱歌(しょうが)ってやっぱりよく考えられてますよね。」

田村 スネアドラムは常に打ったら直ぐにあげる打ち方ですが、締め太鼓は「浮き桴」(打ったら直ぐにあげる)と「ツケ桴」(押さえ付ける)とがあり、「テンテンツクツ、テレツクツ」の「テン」と「テレ」が浮き桴で「ツク」がツケ桴というわけです。テンポによっては荘重にも幽玄にも華やかにもなる実に多彩な奏法ができます。三味線にもお箏などにも唱歌があって、唱歌で教わり、合奏の訓練もすることができるんですね。

―― でも、今からみんなで歌いなさいって先生に言われたんじゃなくて、そういう楽しいムードの中で自然に湧き起こったのが唱歌(しょうが)だっていうのがいいですね。

小野 すごいですよね。

―― 日本人らしい美意識っていうものを、やっぱり音楽は小さいときから感覚的に教えてくれるわけですよね。その経験はとっても大事ですね。

田村 オーケストラもピアノもすばらしいんですよ。だけど西洋人がやることをそのまま真似ていては日本人がやる意味はないわけですよね。ピアノにしても、日本人の感性でタッチや「間」などの細部を仕上げていけば「なるほどあなたは確かに日本人だね」っていうことになるんじゃないでしょうか。ピアノの先生は多いけれど無国籍の先生も多いかもしれませんね。

―― ある意味でとっても困っているんじゃないかと思います。昔はただ譜面通りに教えていればよかったかもしれませんけれど、やっぱり今はいろいろな情報が子どもにも親にもあるわけで、どんなに頑張ってショパンを弾いてもヨーロッパ人がショパンを弾くのにはかなわないって思うかもしれない。そんなときこそ先生がどのくらい幅広い音楽的教養を持っているかが問われるわけで、ピアノしか知らない先生と、締太鼓なんかもやっている先生とでは、おそらくアドバイスの仕方も違ってくるだろうと思うんですよね。

田村 そこが大事ですよね。

―― さて、いつの間にかこんなに時間がたってしまいました。いよいよ最後の質問になりますが、我が国の文化を伝えていくという貴重な仕事をされている先生方に、この先の夢や目標、ぜひ取り組んでみたいと思っていらっしゃることをぜひお聞きしたいんですけれども。

渡辺 私は音楽集団の一期生で、田村先生が指揮をされて、今をときめく様々な方たちが演奏しているのにあこがれて飛び込んだわけです。やっぱりそのころの時代ですから結構勇気が要ったんですが、私はたまたまいい先生に恵まれたので理解していただくことが出来ました。でもほんとうにそういう意味で、賛同してくださっている先生たちの影響をたくさん受けて、これから次代を担う方たちが素晴らしい先生に育っていって、いい邦楽の社会をつくっていけたら、そしてまたピアノやバイオリンや洋楽器の方々と、さっきおっしゃっていたような子どもたちの合唱などで一緒に交わってやっていくことができればいいですね。それが夢です。

―― 私もそう思います。ぜひそうなってほしいですね。さて、小野先生はあしたがコンクール(※12月4日、TBS子ども音楽コンクール東日本大会で合奏第二部で優秀賞を受賞)ということで、大変忙しい中おいでいただきました。毎日現場の第一線にいらっしゃる立場からぜひ一言…。

小野 小・中学校の指導要領改正で日本の音楽をとりあげるということになったわけですけれども、邦楽っていいもんだな、楽しいもんだなって思えるような指導をしていくべきだと常に思っているんです。子どもたちが大きくなって、何かチャンスがあったときに演奏会に行ってみようかなとか、自分で習ってみようかなという、そういう自分の音楽の窓口を広げてもらうための役割を、小・中学校の邦楽の授業は担うべきではないかなって思っています。もちろんピアノもすばらしい。私自身もずっとやってきたので楽しい楽器だと思うし、確かにピアノをやっている子は譜読みが早いんです。やっぱり楽譜を見ながら音を出す技術という点では、どの楽器も共通していると思うんですね。ですから子どもたちはいろいろな選択肢の中から選んでくれればいいと思っていますので。トップへ戻る

―― 一つ伺いたいんですが、保護者の方からの声というのはどんな感じなんですか。子どもたちがそうやって和楽器に触れるのを見て…。

小野 子どもが二年生になったら、おうちの人にお箏を教えさせるんですよ。

―― 教えさせる?。

小野 ええ。授業参観でお母様たちが来たら、子どもが親に教えるんです。

―― ああ、そうなんですか。

小野 もちろん自分ができないと教えられないですよね。だからその前に一生懸命頑張るんですよ。そのときお母さんから、「子どもたちがお箏を演奏している姿に感動いたしました。この年齢から邦楽に触れることができるのはとてもすばらしいことと思います。邦楽で使われる楽器の音色は、特に心を落ち着かせる働きがあるように思われます。正座をし、箏と向き合い、それで奏でるということは静かな時の流れをつくっているようで、精神的にもとてもよい教育なのではないかと感じました」という感想をいただきました。

―― 音楽の授業という世界を飛び越えて、学校以外の生活の中にまでいろいろな影響をおよぼすというのはすばらしいですね。ぜひこれからも第一線で頑張っていただきたいと思います。 トップへ戻るトップへ戻る
 
渡辺 音楽教室は、家庭や学校とは違った地域コミュニティーでの役割を担っていると思います。これからは邦楽指導に携わっている私たちも、地元地域で邦楽の芽を大切に育てて、日本の伝統文化が受け入れやすい環境をつくっていく責任があるかもしれませんね。そのことが生徒たちの家庭や学校の生活にいい影響を与えたらいいなと思います。

―では最後に田村先生。私は先日(11/18)の音楽集団の演奏会を聴かせていただいて非常に感動しました。NHKの児童合唱団の子どもたちと音楽集団のコラボレーションだったんですけど、新曲がたくさんあって…。特に一番感心したのは、会場の雰囲気が今までの現代邦楽の演奏会とあまりにも違って、妹さんや弟さんも来ているし、おじいちゃん、おばあちゃんも来ているし、ふだん演奏会にはあまり足を運ばないであろう方たちもいらっしゃって、いろいろな空気が混ざった活気のあるものだったので、こういうことが続いていけば音楽会が活性化していくんじゃないかなって、期待感にあふれて帰ってきたんです。

田村 きょうのみなさんは演奏会を聴いてくださっていて大変光栄です。今おっしゃったように、これはまさに邦楽器と合唱とのコラボレーションであり、さらにはお客さんのコラボレーションでもあるわけですよね。これまでの邦楽のお客さまと邦楽を初めて聞かれる人、客席にも色々な方がいらっしゃったわけです。そういう交流がこれからもいろいろな所であって欲しいと思います。自分の固定した世界だけで動いていると広がりはありませんけれど、それぞれが一歩も二歩も踏み出して、演奏会に展覧会に、あるいはいろいろなスポーツにと、いいもの探しにどんどん出て行くようになれば、自ずと良い文化環境がうまれるのではないでしょうか。私も自分なりに努力したいと思っています。 今回の定期演奏会では、合唱と邦楽器のための新曲が三曲生まれました。今、日本合唱界の力は相当のものがありますし、また邦楽界には新しい合奏を目指す団体も増えてきました。これからは東京以外でもどんどんチャンスが増えてくると思います。『ひかりのうたげ』などは是非学校でも挑戦して欲しいです。坂本小学校の小野先生には一層頑張ってもらいたいなと思うんです。多くの皆様とご一緒に大きな夢をもって日本の音楽をつくっていきたいですね。

―― 日本音楽集団はまだまだ新しい世界を広げていきそうですね。

田村 可能な限り、いろいろな場所に出かけていきたいです。是非私たちの演奏も聴いて頂きたいです。

―― 自分自身の文化を広げるためには、やっぱり自分たちが生まれ育った国の文化を見直すことが大事だと思います。二〇〇六年が、自分をより広げ、新しい文化を開拓していくことのできる年になるように期待しつつ、新春座談会を終えたいと思います。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

―― 了 ―


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